大槌学のすゝめ16

2014年8月11日

「淡水型イトヨ」の緒 その2

シンポジウムの様子
 秋篠宮殿下と眞子内親王殿下は、シンポジウムに先立ち、交雑イトヨのサイトをご覧になられました。
元の地割番地だと、大須賀の明神通りを少し入ったあたり、でしょうか。
自噴する湧き水もお飲みになられました。
「柔らかい水で、とても美味しい(おいしい)」とも。
 「バックでんび」とは、おでこの裏側、つまりは後頭部のことだとか。町内の一部では言うようです。
「バッククロス」という言葉、そこからまたなにか新しいことが展開するように響きます。
 シンポジウム前日、魚市場で漁師さんと言葉を交わされました。
安渡弁が通じたのでしょう、差し出された「カゼ」に…。
※この号で使用された写真と文章は宮家の了承のもと掲載しています。
 「たわいないこと」と、「けんもほろろでとりつく島もない」、そう一蹴された経験、お有りのことでしょう。
 価値観の相違、という言葉で片付けられるようなことではありません。二元論における対立構造のことでもありません。
ましてや、「イトヨだけが大事」、或いは「湧水だけが大事」と主張することではけっしてありません。大槌の宝物、財産、地域固有の特性、オンリーワン、そうした「モノ」を「まちづくり」に活かせる可能性が大いにあり、と。
 「水」の存在を考えてみましょう。地球上の7割が海。人間の体の7割が水分。赤ちゃんの比率は高く、加齢と共に割合は減少。
枯れる、はここに起因しているのかは知る由もありません。されど、大槌の場合、「湧水」の存在は極めて大事なこと。
湧水があったればこその、産業や文化は今に息づいています。
 下記は、記録として(平成14年イトヨシンポ以降)。
・平成21(2009)年11月7日、シンポジウム「湧水の恵みを未来へ」
 @中央公民館、総合地球環境学研究所秋道智彌教授主宰、町制施行120周年記念事業
・平成23(2011)年の10月10日、「大槌の過去、現在、未来を考える車座会議」
 @中央公民館、秋道教授主宰
・この二つの会合において、秋道教授は、大槌のあらゆるの資源の特異性を、岐阜経済大学の森誠一教授は、大槌のイトヨと湧水の、「郷土財」としての重要性を語る
・ 「野生生物と地域社会」出版、(平成14<2001>年、昭和堂)
・震災の前年、平成22(2010)年12月に、大槌のバイブルとも言える、秋道教授編になる
 「大槌の自然、水、人」(東北出版企画)、出版
・震災後には、森教授編「天恵と天災の文化誌」(平成24〈2012〉年、東北出版企画)、出版
・そのどれもに、大槌のイトヨと湧水について、多くのページが割かれている
 そして、平成26(2014)年6月14日、中央公民館を会場に、「大槌町の郷土材を活用した復興まちづくり―湧水文化の再生に向けて―」シンポジウムが、「大槌学の地平から考える復興」シンポジウム実行委員会(秋道智彌代表)主催で開催されました。
 このシンポジウムには、秋篠宮殿下並びに眞子内親王殿下が、生き物文化誌学会会員としてご参加されました。
 「平成11(1999)年に大槌でイトヨを見るまで、トゲウオについてよく知らなかった。あれだけ小さな魚だが、湧水のひとつのメルクマール(指標)として大事な魚だと思う。震災の後にできた交雑種のイトヨ、今後どのように変化していくのか、私は分類学者ではないが、バッククロス(戻し交配)によって、もとの方に、たとえば、淡水型になっていく、もしくは逆の方向にいくなど、いろんなことが考えられると思うので、これは是非継続してモニタリングしていただくと良いのでは、そう感じた次第(抄)」と、秋篠宮殿下はご発言されました。
(大槌町教育委員会事務局生涯学習課長 佐々木健)