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大槌を子どもたちの笑顔があふれる街にしていきたい!

大槌町在住の兼澤幸男さん(32歳)は、どこにいても大槌が頭から離れない、大槌への情熱を燃やす大槌男児!

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昭和59年12月15日に大槌に生まれ、地元である大槌の小学校・中学校を卒業したのち、国立宮古海上技術学校(現国立宮古海上技術短期大学校)へ進学しました。

船乗りになりたいと思ったきっかけは、母方の祖父が漁師をしており、子供ながらにずっと漁師になりたいと思っていたからだそうです。

祖父には、危険な仕事をさせたくないという思いから、漁師になることを反対されましたが、海上技術学校で学んだ技術を生かし、貨物船の仕事に就きました。

 

18歳で大好きな大槌を離れ、祭りの時期や正月ですら船の上での生活。常に思うのはふるさとの大槌のこと…。

小さい頃からの夢だった海の上での仕事をしながらも、「大槌の役に立ちたい」という想いがいつも胸にありました。
しかし、実際に大槌に戻れるのは、半年に一度の休暇の時のみ。地域に貢献するにも時間が限られています。

「大槌にいなきゃ、なんもでぎねーじゃん」

そんなもどかしい気持ちを抱えながら、海の上での生活が続きました。

 

その生活が8年を過ぎた頃、東日本大震災が起きました。

幸男さんは仕事を辞め、すぐに家族のもとへ駆けつけました。

家族と避難生活を送りながら、被災した大槌を目の当たりにして、大槌の復興に、自分がどうすれば役に立てるかを日々考えていました。

地元へ戻る決意をし、仕事を探す中、「鈴藤商店」の社長にアルバイトをしてみないかと誘われました。

仕事の内容はガスの配管や配送。前職へ戻るという気持ちは持たず、「大槌に根付く第一歩」と前向きに考えた幸男さんは、そのまま社員に。新しい仕事と向き合う中で、地元へ戻る決意を固めていったそうです。

 

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幸男さんが最初に地域貢献できる場として参加したのは「はまぎく若だんな会」という団体。その団体が立ち上がったのは、震災後の24年。鈴藤商店の社長が団体に参加していたこともあり、地域貢献の手伝いや砂の芸術祭などのイベントでお手伝いをする機会が何度かあったそうです。

「子どもの笑顔がさぁ、すげえ好きでさぁ」

活動に参加する中で、地域の人の笑顔や、子どもたちの喜ぶ顔を見ることができました。

また、代表の芳賀光さんの人柄や、親しみやすく温かい会員の皆さんがいるその団体に強く惹かれるようになっていきました。

 若だんな会の活動を通して、「自分がやりたかったこと、自分にできることが、ここにあるかもしれない」と入会を決意。当時を振り返り、「みんないい人たちでさぁ」と懐かしみながらも、真剣な眼差しでお話ししてくれました。現在では、副代表を務めながら日々活動に励んでいます。

 

若だんな会へ所属して3年ほど経った時、大槌町の消防団への入団を勧められました。先輩に誘われたのがきっかけではありましたが、消防団の活動の真髄にある「町民の生命と財産を守るための活動」というテーマに心を動かされ、震災後という危険な状況が続く中、家族の理解を得て消防団員に。自身が目指す地域貢献への枠組みを固めていきました。

「大変な事もあるけれど、先輩方に教えられ、支えられながら成長していっていると思います」と謙虚に語ります。

 

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大槌の産業は海だけではありません。年々増える日本鹿の農作物への被害が問題になっていました。

父方の実家がある金沢地区でも、鹿による農作物への被害が多く、農業や家業を辞めてしまう方々もいました。「どうにかしたい…」という知り合いの悩みを聞き、そこでも幸男さんの血が騒ぎました。

 

被害に苦しむ人がいて、駆除をしなければならない。被害のために生活ができなくなる人もいる。とはいえ、生き物の命を奪うことに躊躇いはある。

狩猟の後継者も薄れる中、産物や人々の暮らしを守りたい、熊による人的被害を何とか防ぎたいという思いから、狩猟を始めました。

 

先月の26日には、狩猟を始めて一年目にもかかわらず、110Kgのオスの熊を一人で仕留めました。持ち前のセンスや腕前を磨き、ハンターとしての素質を見出しています。

 

「こんなに自分がやりたいことをやれる。やらせてもらえるのは、それを支えてくれる家族や会社の方々の理解があるから。楽しみながら地域貢献をさせてもらっている、ありがたい環境に感謝しています」

 

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幸男さんの「大好きな大槌に貢献したい」という気持ちが止まることはありません。

 

自分の子どもたちが大きくなるまで、活動はずっと続けていきたいし、子どもの頃に抱いていた大槌が大好きな気持ちを、今の子どもたちにも抱いてもらいたい!
大槌町が子どもたちの笑顔あふれる街になってほしい…。

そのために今、自分ができることは何なのか?

 

新たな地域貢献、社会貢献を日々模索し続けながらも、温かい笑顔を見せる兼澤幸男さんでした

 (KAI OTSUCHI)

 

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兼澤 幸男(かねさわ ゆきお)さん 32歳

国立宮古海上技術学校を卒業後貨物船に乗り船乗りとなる。 震災で大槌へ戻り鈴藤商店へ就職。 妻・華奈(かな)さん、長女・心海(ここみ)ちゃん、長男・颯介(そうすけ)くん、次女・椛心(にこ)ちゃんの5人家族。

 

子どもたちが笑顔になれる地域づくりを目指して地域貢献を続ける、大槌への情熱にあふれた「THE大槌の男」です。

 

 

 

 

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